大判例

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浦和地方裁判所 昭和32年(わ)370号 判決

主文

被告人を懲役七年に処する。

押収に係る玩具ピストル一個(昭和三二年押第一〇四号の一)はこれを沒収する。

押収に係る赤色ビニール製財布一個(右同号の六)はこれを被害者B子に還付する。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人は、川越市の近くの鶴瀬で土工をしていたが、昭和三二年七月二十八日頃、その飯場で働くことをやめたため金銭に窮したすえ、以前東上線上福岡駅附近で女性をからかつたことのあるのを想起し、たまたま所持していた玩具ピストル(昭和三二年押第一〇四号の一)を本当のピストルのように装い、同所を通行する女性にこれを突きつけ脅迫して金品を奪おうとの考えを起した。そして同年八月一日午前六時四〇分頃、川越市大字藤間八五〇番地を走る東上線々路附近で女性が通るのを待ち伏せていたところ、おりからA子(当一七才)が同線路上を東南方へ上福岡駅に向つて歩いて行くのを認め、同女から金品を強奪しようと決意し、右同所から約一〇〇米同線路上を尾行し、同女に追いつくや、いきなり背後から腕で同女の頸部を締めつけるとともに、右手で前記玩具ピストルを右胸部に強く押しつけ「金を出せ」と言つて脅迫し、さらに同女をその場に押し倒してその反抗を抑圧したうえ、地上にころがつた同女所有の定期券と現金二〇〇円等在中の赤色ビニール製定期券入れ一個を強取したが、右玩具ピストルを同女の右胸部に強く押しつけたために、同女の右胸部に治療に約一週間を要する打撲症を負わせた。

第二  ついで翌八月二日は朝から川越市内を歩き廻つていたが、午後七時一〇分頃、人通りの少ない川越市脇田町地内通称ゴルフ街道を西武線踏切の方へ向つて通りかかつた際、おりからB子(当二五才)が自転車に乗つて通りかかるのを発見し前日右記のようにうまく金銭を奪つたことを思い出し、B子から所持品を強奪しようと考えた。そしていきなり、同女の進路に立ちふさがつたところ同女は道端の陸稲畑に自転車とともに転倒し、被告人は同女の背後から抱きつき右手を廻して前記玩具ピストルを同女の右胸に突きつけたが、その際同女の身体に接触するや、にわかに劣情を生じ、強いて同女を姦淫しようと考え、同女の背後から左手で首を締め、右手で同女を抱えて約二米陸稲畑の中へ引きずり込み、仰向けに倒したうえ、この上に乗りかかつて押えつけ、「させろ、させろ。」と言いながら同女の着衣をはぎ取ろうとしたところ、通行人に発見され声をかけられたために驚いて姦淫することをやめたが、さらに同女の頭髪をつかんで地面にたたきつけ、以上の暴行によりその反抗を抑圧したうえ、同女の所持していた自転車一台およびその荷台に縛りつけてあつた現金一六五六円在中の赤色ビニール製財布(昭和三二年押第一〇四号の六)等のはいつた買物かごを強取し、かつ以上の暴行によつて同女に対し全治まで約二週間を要する胸部、頭部の打撲症、両上肢、胸部の擦過傷および内出血の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示第一の所為は刑法第二四〇条前段に該当するから所定刑中有期懲役を選択し、第二の所為中強盗致傷の点は同法第二四〇条前段に、強盗強姦未遂の点は同法第二四三条第二四一条前段にそれぞれ該当するが、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段、刑法施行法第三条第三項、刑法第一〇条第三項により犯情の重い強盗致傷罪の刑に従い、所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段により併合罪の関係にあるから、同法第四七条本文、第一〇条第三項により犯情の重い判示第二の強盗致傷罪の刑に同法第一四条の制限に従つて法定の加重をし、その刑期範囲内において被告人を懲役七年に処し、押収に係る玩具ピストル一個(昭和三二年押第一〇四号の一)は、判示第一および第二の各犯行に供したもので被告人以外の者に属しないから、同法第一九条第一項第二号、第二項本文によりこれを沒収することにする。なお、押収に係る赤色ビニール製財布一個(昭和三二年押第一〇四号の六)は、判示第二の犯行の賍物であつて、被害者B子にこれを還付すべき理由が明らかであるから刑事訴訟法第三四七条第一項によりこれを同女に還付し、また、被告人は貧困であるから刑事訴訟法第一八一条第一項但書により訴訟費用を負担させない。(判示第二の強盗強姦未遂致傷の擬律について)

判示第二のような強盗強姦未遂致傷については、刑法第二四三条、第二四一条前段を適用すべきであるとするのが、従来の判例であつた(大審院昭和八年六月二九日判決刑集一二巻一二六九頁。なお同院昭和一九年一一月二四日判決刑集二三巻二五二頁参照。)思うに、この判例は、刑法第二四一条前段所定の刑が強姦致傷罪(刑法第一八一条)または強盗致傷罪(同第二四〇条前段)の刑に比較しこれより重いかまたは同一であるから、右第二四一条前段には明文上強盗強姦致傷の場合について規定されていないが、実務上この規定によりこの場合をも充分に処理することができると考えたのであろう。しかし、刑法が強姦により傷害の結果を生じた場合を強姦致傷罪として強姦罪(第一七七条)から区別し、また強盗罪(第二三六条)と強盗致傷罪とを別に規定している点を考えると、第二四一条前段の強盗強姦罪には致傷の点までが構成要件として予定されているとは解し難いばかりではなく、右判例のように第二四一条前段の未遂罪と解するときは、未遂減軽の規定が適用されるため(ことに中止未遂の場合を考えよ。)傷害の結果を生じているにもかかわらずその刑は強姦致傷罪および強盗致傷罪の刑よりも軽いことになり、明らかに刑の均衡を失する。また、この点について、強盗強姦罪と強姦致傷罪との想像的競合として処断すべきであるという説があるが、この説には、強盗に着手したのちに強姦の犯意を生じたがその以前の暴行によりすでに傷害の結果が発生していた場合にこれをも強姦行為による傷害と見るという難点があつて、賛成し得ない。すでに強盗に着手したのちは、強姦の犯意を生じた時期の前後を問わず、その際の暴行による傷害はすべて強盗致傷罪と解すべきであり(なお、判例によれば、強盗致傷罪における傷害の結果は強盗の手段である暴行々為から生じたことは必要でなく、致傷の原因行為が強盗の機会においてなされたものであれば足りるとされている。)、また、強盗の機会における強姦行為はこれを強盗強姦罪と見るべきであるから、判示第二の強盗強姦未遂致傷の行為は、これを強盗致傷罪と強盗強姦未遂罪との想像的競合として処断するのを正当と考えるものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊沢庚子郎 裁判官 谷口正孝 大久保太郎)

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